腕時計

「男性が腕時計を外す仕草って凄く好き。でも逆に腕時計をつける仕草は嫌い…私を置いて一人で現実世界に戻っちゃう感じがしてさ…」

出逢った頃に独り言みたいに私が呟いたこんな会話を、君はうんともすんとも言わずに聞いていた。

間も無く私達は一緒にいる事になる。
彼が腕時計をつける事はなかった。
ただの一度も見なかった。
線は細いけど男らしいその腕にはきっと素敵な腕時計が良く似合っただろう。

「俺時間に縛られるの嫌いなんだよね。時間なんて携帯で十分確認出来る。」

説得力のない、常にひび割れた液晶。

時よ止まれと願っていたのは私だけじゃなかったのだろうか。

無情にも時間と共に色々な物が移り変わり、私達は少しずつ離れていった。

今、君は腕時計をしていますか?
時間を忘れたい程の空間を誰かと共有したりしているでしょうか。

私は綺麗な液晶で時間を確認する。
ひび割れた心を修復しながら。
進むしかない時間の残酷さと優しさを噛み締めながら、君を浮かべながら。

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